リチャード・キャッツ/FESディレクター

『生物を知ることは、その生物と関係を持つことである。
関係を創り出すことができるのは、バーコード装置ではなく、
知覚し、感じ、考えることができる存在によってのみ可能である』


 DNAサンプリングを使用して、植物を識別あるいは分類しようとする学術界に最近見られる傾向においては、「全体は各部の総和よりも大きい」という古代の叡智が見過ごされがちです。マルテ・C・エバック(Malte C. Ebach)とクレイグ・ホールドリッジ(Craig Holdrege)は、2005年4月7日号の「ネーチャー」誌に掲載された「DNAバーコーディングは分類学の代用にはならない」と題する手紙の中で、こうした動向に異議を唱ています。

「ネーチャー」誌に宛てたこの手紙の中でエバック氏 (バッファロー科学博物館の形態学者、古生物学者) とホールドリッジ氏 (ネーチャー・インスティチュートの創設者で「遺伝学と生命の操作」"Genetics and the Manipulation of Life"の著者) は、生物の特定のDNA配列を電子スキャンする「DNAバーコーディング」による種の特定は、その種全体の特性を調べて種を特定するという真の分類学の有効な代用品にはならないと主張しています。
分類学に投じるべき研究資金や研究活動が、スーパーマーケットの店員が製品パッケージのバーコードをスキャンするように、DNAのスキャンによって種を簡単に手早く特定するサイバネティックス時代の科学へと、植物学を変化させる兆しをみせるこの新技術に奪われるのではないかと、この二人の科学者は懸念しています。
「分類学の研究は、特異な少数のヌクレオチドではなく、その生物に関する知識を与えてくれる。」という2人の主張には、特に強い説得力があります。


生物: 部分と全体

  この二人の言葉は、この問題の核心を突いています。DNAバーコーディングでは効率改善という「利益」は得られますが、そのために生物や生命そのものの知識が犠牲になってしまいます。

  生物とは何でしょうか。それは、DNAに組み込まれた遺伝子の「プログラム」によって適切に定義できるでしょうか。生物とは、全体を形成するよう組織された多くの部分から構成される生き物です。生物の各部分は、その生物のより大きなアイデンティティへの参加を通じて意味やアイデンティティを形成します。例えば人間の髪の毛は、その一部である身体から切り離して理解することはできません。一枚の葉でさえ、その葉が属している植物に関する知識が無ければ、理解できません。

  生物は、その各部分をどう構成し、環境とどんな関係を持ち、どのように成長し、どんな形や色、動作や音(人間でも動物であっても)を生じさせるかによって、自分のアイデンティティを表現します。生物とはDNA配列に他ならないと主張する還元主義的科学者は、近視眼的であり、生命の素晴らしい全体像を見失っています。






その葉が属している植物に関する知識がなければ、
一枚の葉でさえ理解することはできない。



生命のサイバネティックス・モデル

  科学には、最新技術を導入したモデルによって生命を説明しようとする好ましくない習慣があります。工業の時代には、生物は複雑な機械だと受け止められました。サイバネティックスの時代には、生物は、DNAが生命システムの機能と形を決定するコード変更不可能な生物学的チップの役割を果たす、生物学的コンピュータと見なされています。しかし、そうしたモデルでは、遺伝子の内容がコンテクスト(状況、環境)の影響を受けることが無視されています。つまり遺伝子は、生物の機能や形を決定づけると同時に、生物やその生物が生息する環境に依存しているのです。遺伝学的決定論の限界に関する研究分野のリーダー、グレイグ・ホールドリッジは、最近発行されたインコンテクスト誌"InContext"で次のように述べています。

「遺伝子の性質に関する最も一般的な誤解のひとつに、遺伝子は定義された固定的機能を持ち、すべての有機体および環境で同じように機能するという考え方があります。そうした考え方によれば、遺伝子は極めて強固で、それが生物のすべての特徴を決定します。この遺伝子は、バクテリアの中でも、トウモロコシや人間の中でも同じ事を行います。さらに遺伝子は一連の指示が与えられていて、どこでもその指示を厳密に実行します。米国およびその他の諸国で遺伝子操作作物が開発および商品化されたまさに過去10年から15年間に、環境の遺伝子に対する影響が解明され、遺伝子が、コンテクストの影響を受けない自動指示実行プログラムではないことが明らかにされたのは、何とも皮肉なことです」。

つまり、生物はDNAチップによってプログラムされたコンピュータではないのです。




サイバネティックス・モデルでは、
遺伝子の内容がコンテクストの影響を受けることが無視されている。
実際は、遺伝子は、生物の機能や形を決定づけると同時に、
生物やその生物が生息する環境に依存しているのである。





形態学が重要な理由

 分類学は、生物の形態的表現を研究する形態学を起源としています。図書館の本を書棚に整理するのと同じように、分類学は単に生物を整理分類する方法に過ぎないと考えるであれば、DNAバーコーディングのような効率的な方法を利用しない手はないでしょう。古代ギリシャの植物学者テオフラストスまで遡って、その叡智に耳を傾けるならば、分類学は生物の真の特徴を理解するための方法であり、効率は研究方法を選ぶ際の基準ではないことが分かります。重要なのは、どの方法が生物の真の性質をもっとも正確に理解させてくれるかです。



 生物を単なる物理的構造以上のものと捉えると、形態学も新たな重要性を帯びてきます。還元主義的科学の物質主義的目隠しを取り去ると、生物とは目に見えないライフフォース(生命力、エーテル形成力)によって形成されるものであり、これらの力は魂の資質によって形づくられるということが分かります。したがって、生物の物理的形状や表れである形態は、生き物を定義する生命の力や魂を、目に見えるように表現したものにほかなりません。植物が癒しの特性を示す「サイン」について語ったパラケルススや、芸術的気質により、動植物の「ジェスチャー」が、生物の全体性を捉える鍵であることを理解することができたゲーテは、この「秘密」を理解していました。このジェスチャーは、一般的に植物の各部分で繰り返されます。


 例えば、ユリの葉の直線性は、その萼片や花弁の形にも反映されていますし、球根にも葉と同じような構造が閉じこめられています。3つの萼片と3つの花弁は、ユリ科植物(Liliaceae)の形態的特徴であり、火と水の錬金術的結合の象徴である六芒星を形成します。水と火の両極性は、地中の丸くて水分に満ちた球根と、オレンジ色の花粉のついた雄しべを突き出した、炎のような花との対照に見ることができます。



 湿り気をおびた球根は若い植物を育みます。このことは、動物の命を育む生命の起源である水や、羊水に満ちた子宮を思わせます。こうした観察は決して気まぐれな空想ではなく、形態を通じて示されている、ユリの性質に対する真の洞察です。こうした特徴が、各種のユリから作られたフラワーエッセンスに見られるヒーリングの特性へと解釈されます。ユリのヒーリング特性はいずれも女性的な慈しみや、受容的な水の資質と積極的な火の力との調和をはかるというテーマに関係しています。


生命の商品化

 DNAバーコーディングの基盤になっているのは、生命は単純な構成要素に還元でき、それを操作すれば、望んだとおりの結果が得られるという、遺伝子工学の仮定です。極めて人間らしい驕りの気持ちから、創造主は、人間が製品を製造するような機械的な方法で生物を創造されたと思い込んでしまったのでしょう。そのため、DNAのバーコードを読み取りさえすれば、生物という商品を分類し、それを産業システムの適切な場所に配置できると考えたのでしょう。しかし、自然ははるかに神秘的であり、神聖です。そんな狭隘な功利的アプローチは決して許されません。



 生物を単なる物理的構造以上のものと捉えると、形態学も新たな重要性を帯びてきます。還元主義的科学の物質主義的目隠しを取り去ると、生物とは目に見えないライフフォース(生命力、エーテル形成力)によって形成されるものであり、これらの力は魂の資質によって形づくられるということが分かります。したがって、生物の物理的形状や表れである形態は、生き物を定義する生命の力や魂を、目に見えるように表現したものにほかなりません。植物が癒しの特性を示す「サイン」について語ったパラケルススや、芸術的気質により、動植物の「ジェスチャー」が、生物の全体性を捉える鍵であることを理解することができたゲーテは、この「秘密」を理解していました。このジェスチャーは、一般的に植物の各部分で繰り返されます。


★フラワーエッセンス普及協会発行ニュースレターVol.27より。

資料提供:Flower Essence Society
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