70年代中頃、バッチ博士のフラワ−エッセンスに私は初めて出会いました。そのとき、私はフラワーエッセンスがそれまでの感情のあり方をまったく変容させてしまう力があるように感じたのでした。それは私が受けてきた因習的で人本主義的な心理学セラピーの体験とはまったく異なっていました。その後、自分の抱えている問題を受け止め、単にそれを認めることがとてもうまくなっただけではないということが分かったのでした。実際、自分の魂のあり方自体に変化がありました。それ以来、私はこの花から作られた驚くべき物質についてすべてのことを知りたいと切実に思うようになったのです。
当時はフラワーエッセンスに関する本はたった三冊しかなく、フラワーエッセンスのレメディに関連した教育課程やセッションなどは皆無というありさまでした。そこで、私は独自の勉強法で研究をスタートさせたのです。そのとき、私は二つの疑問点にぶつかったのです。その二つの疑問は私のフラワーエッセンスの研究の二十年間にわたる重要なライトモチーフ、つまり、エッセンスの研究を深めて行くための動機となったものでした。
1)かくまでも美しく洗練され、しかも人間の心理にまでパワフルに効果を現してくれる植物とその花とはいったい何なのだろう。
2)いかにして私たちは植物の精妙でしかも繊細な資質を感知する能力を開発させ、植物のもつ魂を癒す力を認識できるのだろうか。
我々は、バッチ博士の業績についての重要な実績を学ぶことができる。が一方で、彼がおこなった貴重な植物観察のフィールドワークの記録は、ほとんど残されていない。
ノラ・ウィークスの伝記、「バッチ博士の医学的な発見」のなかには、彼の明敏な観察能力に関する称賛が記されています。さらに、彼が担当した患者の詳細な心理描写のデータ、つまり病気の奥に潜む感情のアンバランスを導き出す記録についても、その観察力の詳細さには多くの逸話が残っているといいます。こうした一連のバッチ博士の能力は彼がフラワーエッセンスレメディを発見する前にでさえ、博士の名声を確たるものとし、さらには、ホメオパシ−のドクターとしても広く敬愛されていました。人間に関する博士の業績について私たちが知る一方、バッチ博士の植物研究の分野に関してはほとんど記録は残ってはいません。博士がどのような過程を通して治療のために特定の植物を用いるようになったのか、また、多くの植物の種類の中からある特定の植物をなぜ、選んだのかを私たちは知る由もありません。バッチ博士の植物研究は形式上では、彼がもっている例外的な観察能力を通してしかできない神秘的なアチューンメント、または神秘の顕現……とこの本には説明されています。私たちは博士の研究を理解しなくてもよい、ただその業績を信頼しさえすればよいといわれます。この点において、私たちはジュリアン・バーナード夫妻のパイオニア的な努力に対してはおおいに感謝を捧げるものです。夫妻は、バッチ博士のレパートリーの植物研究を最初に手がけ、その成果を"The
Healing Herbs of Edward Bach"の著書に記しました。注)「Dr.バッチのヒーリングハーブス」日本語版、BAB出版。
バッチ博士のサイキックな面での洞察能力はまさに注目に値するものです。一方で、彼の観察力の鋭さは確実にこの分野におけるパイオニア的なアプローチであり、その貢献度は計り知れないものがあるのです。バッチ博士は人類の文化という道の十字路に立って仕事をしていたようにも思えます。優れた医学者として訓練を受けた彼は、人間と植物に関して正確でかつ、客観的な知覚能力をその仕事の分野に生かすことができたのです。いっぽう、博士のケルト民族としての血は人間の魂を深く敬愛し、自然界の本質を敬う心にもよく現れていました。バッチ博士は1936年、50歳で亡くなりました。その死は早すぎたとはいえ、彼の仕事に終止符が打たれたわけではありませんでした。むしろ、彼の死後、その研究は謎としてさらに探求されることになりました。バッチ博士は人を癒すという新しい方向性の衝動を創始したばかりでなく、多くの未回答の疑問点をも残していったのです。
バッチ博士の仕事に出会う前、私はすでに大学で心理学、瞑想法、その他のスピリチュアルなトレーニング、さらに薬草に関する学習など一連の実践的な訓練を広範囲に受け終えていました。研究の最初の一年はバッチ博士が模範としていた中世の錬金術士であり内科医であった、パラケルススにインスピレーションを感じ、強く引きつけられていました。パラケルススは「植物がもつ色、形、香りまたは環境と植物との関係を見ればその植物のもっている本来のヒーリングパワー(癒す力)が解明できる」ということを「サインの学説」"Doctrine
of Signatures"で述べています。たとえば、黄色をした花たちは肝臓の胆汁に関係しているということです。ダンディライオン(Taraxacum
Officinale) タラクサミン(タンポポからとれる苦味物質)、オレゴングレープ(Berberis
Aquifolium)(バーベリー)この二つは肝臓の強壮剤として使われています。パラケルススは蘭(オーキッド)の球根が睾丸の形をしていることを観察しました。(オーキッドはラテン語では睾丸のことです。)このように私たちは黄色い蘭の一種であるレディズスリッパーがセックスや神経障害の薬草として使われていることをも理解できるわけです。マシュウ・ウッズが著した「薬草のもつ叡知」"The
Book of Herbal Wisdom"には植物の生息地、色、形、香り、音、花が咲くタイミング、植物と動物たちの霊魂との関係などを含むサインを、私たちが学習するときの心がけとしてしっかり考慮すべき資質についての意義深い討論が記述されています。
「天にあるがごとく、地にもあり」という古代の錬金術の格言があります。これによればパラケルススは、宇宙のアーキタイプが自然界と人間の中にすべてを平等に、しかもあますところなく表現していることを早くから理解していたのです。さらに、彼はヒーラーは人間と植物の形状の関係を気づくべきであるという信念をもっていました。このようにして、ほんものの薬が作られ、しかも人々は宇宙の法則にのっとった調和した薬の使い方をするようになったのです。パラケルススの自然界のサインの考え方はほとんどが肉体の治癒に適応されていました。私は、この現象の同じ法則が人間の魂の構造レベルに適応できうると理解したのです。ここでは私たちは、人間と植物を物質的なそして超感覚的な方法の二つのアプローチで創造性を開いていかなければならないのですが。
1978年、私は自分自身の探求をかき立てられることになったバッチ博士のレパートリーにある最初の植物に出会いました。それは早春の太平洋の沿岸に群生していたマスタード(アブラナ科アブラナ属)、
からしでした。私はその硫黄の色のように明るい黄色の花を見たとき、その花が実に魂を高揚させるような生き生きとした輝きをもっていることを感じ、落胆や気落ちしたときの暗い状態から私たちを抜け出させてくれる解毒剤の働きをしてくれるという印象を記録として書き留めたのです。からしの花たちは冬の終わりころ、ちょうど雲で覆われた鉛色の空がいっきに暖かい春の陽ざしにとって変わるように、そう、はじけるようにいっせいに花を咲かせます。私はそれ以来、この黄色のからしのレメディが「黒雲たれこめた」ような失意の人を不意に元気にすると指摘した、バッチ博士の洞察のすばらしさには深い感謝と敬意を表するようになったのです。
からしの研究を続けて、からしが十字花科の植物の一種で、成長の早い四枚の十字のかたちをした花がつき、青々と茂った葉っぱが特徴であることが理解できるようになりました。(
改訂名: アブラナ科)
「アブラナ科アブラナ属」の植物はすべてこのファミリーに属しています。ブロッコリー、カリフラワー、ケール、キャベツ、芽キャベツ、ラディッシュ、などに加えて東洋の野菜や一般的な雑草もこの種類です。この種の植物はやせた土質のよくない土地でも繁茂する強い植物だという定評があります。アブラナ科の植物はとくに地球との関係が深く、早咲きの植物のなかでももっとも早く開花し、根にはミネラルの多い塩分を含み非常に元気に根を張ります。錬金術に心得のある人たちの間では、この花が四方向に四本の腕を伸ばしていて、四つの季節がある地球と深い関係にあることをよく指摘します。しかも、私たちはこの象徴的な特徴のおかげで十字花科の植物をじつに深く理解できるのです。とくにからしには、植物の成長や開花をうながしたり、あたかも「変容の火」を思わせる資質の硫黄分を豊富に含んでいることをも納得させるのです。硫黄色の花たちが燃え立つように群生する春のからし畑……それはまさに再生の神秘を一枚の絵にしたような光景です。さらに十字のかたちをした花々が群生する姿は、地上のやっかいごとで満ちた重々しい冬を一瞬のうちにまばゆい光に満ちた春の日差しの状況に変えてしまいます。
からしの研究以外に、最初の年、私は八つの植物の研究をしていました。その夏、私は北カリフォルニアのマウントシェスタの高木限界よりも高いところに上って、火山岩で覆われた岩場に咲くペンステモンの息を飲む美しさを観察したのです。この小さくて頑丈な植物は、吹きつける風雪にとざされる九ヵ月をものともせず元気に過ごします。また、ペンステモンの花のシーズンは夏ですが、激しい雷鳴と嵐にもまれます。ほとんどの植物が生育できないような苛酷な環境にもめげないで、花たちは静かで辛抱づよさを保つのです。受容的なカップのようなかたちの多肉質の葉っぱと、青い空気のようなスミレのようなトランペット型の花は、標高の高い山の大気と光とを包み込んでいるように思えました。このように厳しい環境にあっても耐え抜いて力強くしかも光り輝いているこの植物のすがたに、私は自分自身のあり方を教わったのです。ペンステモンはまるで試練のような環境に立ち向かい、その内に秘めた強靱さ、跳ね返す力と勇気とを私に語りかけました。私たちのフラワーエッセンスのケースリサーチの仕事では、実際、スタミナと忍耐に加え、強い信念が要求されるとても苛酷な状況の人たちを介護する力量そのものが問われます。さらにそれを記録として証明することも要求されるのです。たとえば、肢体不自由な方たちや肉体に影響を及ぼすトラウマに悩んでいる人たちとかかわっていくのですから。
ペンステモンを研究しているうちに、私たちはバッチ博士のミムラスをはじめ、FESのモンキーフラワー、インデアンペイントブラッシュ、スナップドラゴン、やミュレインなども「ゴマノハ草科」のファミリーとしての役割をもっているという理解に到達しました。これらの植物はデイジーや、バラのように星のかたちをしているものはありません。むしろ、その花たちは平面的で口のような形をしていて、ちょうど、人間や動物のように左右対称のあざやかな色の花をつけます。この花が咲いている様子はまるで人間や動物の器官のように、アストラルの力が蓄えられ経験されているかのごとく、内なる空間を創りだしています。ゴマノハ草科のファミリーからとれるエッセンスは、たとえば、怖れ、怒りのように緊張感とか混乱をともなう感情を処理します。又、私たちがよく、「腸(はらわた)のレベルの感情」と表現するアストラル体の深いところに記録される感情と肉体の器官へ伝達されるものを処理する働きをします。ミムラスの花のようにペンステモンは(マウンテンプライドなどもこれと関係があります。)深遠な怖れや心配ごとを処理する力があります。内なる強さと勇気を魂にもたらし、厳しい人生の状況と向かい合わせます。
「自然の本の中の花の言語」を読んでいたころの初期の研究段階の私は、多くの哲学的でモラルに関する質問が起こってきました。そして、その問題はあたかも私に挑戦するように疑問を投げかけていたのです。植物の資質に関する私の感覚や感性がほんとうに正確なものか、また、その感覚が主観的なものの投影にすぎないのではないか、自分の思い違いの単なる空想なのだろうかなどという疑問が発生し、それをどのように識別すればよいのか?たとえ、私以外の人であっても、植物研究やフラワーエッセンス療法を通じて、私の発見を確証できることが大切なことなのです。1979年、色々なケーススタディを集積し、他の人々の植物研究と共同研究をしてゆく媒体として、私はFESを設立したのですが、この疑問こそ、まさに設立の真の動機だったのです。
1980年、私は、このリサーチの仕事をどのように進展させて行くのかということに関して二つの相反する選択を迫られることになったのでした。一つ目は、フラワーエッセンスに関して「チャネリング」を通して、肉体をもたない存在たちから情報を得ようとするグループの集会に誘いを受けたのです。このサイキックなチャネリングは多くのニューエイジのグループから高く評価を受けていました。じっくり植物観察を続け、ケーススタディの資料をこつこつ創っていくゆっくりとしたリサーチ法よりは情報蓄積のためにはずっと効果のあるアプローチだと信じられていました。私は、この方法でどんな情報が入手できるのだろうかと思い、何度かこのセッションに参加しました。たしかにこのサイキックな集会でおびただしい量の情報を受け取ることができました。しかし、このグループの指導者は情報の真偽を評価することや、実際、それをフラワーエッセンスを使用するクライアントに試してみたりすることには興味がなく、ましてや意識的な植物観察においては、ほとんど興味がないことが分かったのでした。
その頃、もう一つの答えが私の新しいパートナー、パトリシア・カミンスキーからもたらされました。彼女は私にルドルフ・シュタイナーの研究を紹介してくれたのです。私はシュタイナーの二十代の初期のころのすばらしい学術的業績が、ゲーテの科学論文の編集という仕事だったことを知りました。
シュタイナーは「ゲーテ式」の科学へのアプローチが、純粋に物質的な科学のパラダイムにとって変わるものであることを理解していました。ゲーテにとって、科学研究でいちばん大切な道具とは人間の気配りがよく行き届いている意識だったのです。私たちは自然のなかの法則やアーキタイプなどの観察によって活気づけられたり、自分たちの感覚機能の知覚能力にもっと価値をおくべきなのです。この方法論の主流は変容(メタモルフォーゼス)の理論です。つまり、生命の中に生きづく形と力のダイナミックな関連性を理解することです。たとえば、ゲーテはどのようにして植物の茎を葉っぱが螺旋状に成長してゆき先端部の残りの部分に到達するのか、その後どのように花の芽がでるように約束されていて、花が突然現れ、いっきに咲きそろうのかをつぶさに観察しました。このような現象を研究することは、私たちの外界の現実に属している対象物を理解するというだけの意味をもつものではありません。内側を見ることによって想像力を駆使し、自然界と同様の変容のプロセスを人生に組み立てて行かなければならないのです。ゲーテは、私たちの内なる想像力を創り出す力のことを「厳正な想像力」といっています。
私が自分で出来る二つの選択のうちどちらを評価し選択するかを考えていたとき、その違いは強烈でしかも明白でした。一つの選択は、私は、消化不良で、しかも、妥当性に欠けたある超繊細なデータバンクから情報を「ダウンロード」し、ただ受信する人になること。もう一つは、自己の内側と外側の知覚機能を進化発展させることにチャレンジすることでした。それは、科学が精神面と統合した形となるような知識の道筋をつくることでした。間違いの可能性(潜在的に内在する)はこの道ではさけられないものであり、厳しさのうえにも忍耐が要求される確実に骨の折れる仕事だったのです。それでも、その選択は明らかでした。私が抱いた疑問に対する答え……私の探求は、内なる意識の進化の道程においてのみ発見され得るものであり、それは、科学研究の手段としての自然界を知覚する能力を培うものであるということでした。
©フラワーエッセンス普及協会
ニュースレターVol.7、1999年冬号より |