リチャード・キャッツ/FESディレクター





 本格的な夏が終わり、秋の気配が濃くなるころ、私は、テラフローラ・ガーデンで二つのフラワーエッセンスを用意します。真夏の太陽に向かって、塔のようにすっくりとほこらしく立っていたサンフラワーは、やがてその重くなった頭を地球にむけて垂れてゆきます。一方、マジェンダ色をした小さな小花が滝のように見える深紅色をした逞しいラブ ライズブリーディングもその花穂を地球に向けて行きます。
 この二つの植物はFESのフラワーエッセンスの中ではお馴染みのもので……サンフラワーは20年以上、ラブライズブリーディングは14年間ほどになります。私たちはフラワーエッセンスをつくるたびに、また植物の前に腰を降ろす時「初心者のこころに」戻ってその植物と対話します。私たちは、形、色、成長のパターンそしてその植物のエッセンスを表すその他の性質をあらためて体験したり、見たりしたいと切望するのです。それは、ヨハン・ゲーテの自然科学の伝統において述べられている「植物のジェスチャー」と呼ぶものです。



サンフラワー
Helianthus annuus/Asteraceae(aka Compositae) Family


 ひまわり畑のこの大きな一つ咲きは、ほんとうに私たちに何を言おうとしているのでしょうか。このキク科の花は、光の小筒花で囲まれた花達が中央に群がり円盤のような形をしています。そしてそこから花弁があらわれています。この入り組んだ複合性のなかには、完璧に左右対称の幾何学模様と法則性をもった単一性が現れています。この模様には時間のリズムが空間の中に捕らえられているのです。
  その根本をびっしりとつめて飛び上がって形成された円盤のようなグリーンの部分は、中心が光に拡散するとき、フィボナッチの螺旋を編み込みながら外に向かって成長していきます。それは黄色の芽になり、それから光の先端をもつ円盤の形をした小さい花達の円になるのです。その一方では外のアーチのかたちをした縁の雄髄は世界に向けてその黄色のエッセンスを送りだすのです。
  花弁全体はちょうど葉っぱのように周りをぐるりと取り囲んで太陽の色をした、かがやく光の小花の頂上を飾るオーラそのものです。これは中心の円盤を取巻き、くっきりと三つの脈を外側にカーブさせてみごとな丸い形をつくりだしています。サンフラワーの頭花はたくましく堂々とした姿ですっくりと立ち、繊維の多い茎はまっすぐにのび、テラフローラでは12フィートにまで成長します。
  その華麗で威厳あふれる姿にもかかわらず、サンフラワーも重力の法則から逃れることはできません。円盤のかたちをした小さな花の集合体が熟しきると、サンフラワーの頭は何百もの種で膨らみます。すると、花はその重みに耐えかねて茎を支えきれなくなります。そのあと、まるで降伏するジェスチャ-そのものの姿で、サンフラワーは母なる地球の胸にその重みをゆだねて、未来に向けて種というその驚異的なギフトを生み出しながら一生を終えるのです。(種は鳥のお友だちでもあります)。
  サンフラワーのサインをよく見ると、ひとつのフラワーエッセンスが私たち人間の魂にどれほど語りかけているかを理解する助けになります。サンフラワーのフラワーエッセンスは、個人のアイデンティティを大いなる霊的自己へと発展させるための媒介の役をします。自己確立の感覚の発達が少し弱くて、本来の輝きがおもてに現れてこない人たちにはとってはとても役に立つエッセンスです。また、サンフラワーはあまりにも堂々としすぎているのに不安定なエゴをもつ人のバランスをとったり、文字通り自信過剰な人のバランスをとります。
  それでも、サンフラワーのアーキタイプを十分理解している人は、奉仕と犠牲的精神に「頭をたれる」人が、高次の光とより高い集合体の中に存在していることをしっかりと分かっています。



以下のことばは伝統的な教えの霊言です


「人の持つ自己の強さは、高次の霊的な自己と一線に並んでいないかぎり個人的な慢心にすぎない。個人的な「わたし」は大いなる「私がある」ということに出会うべきである」

サンフラワーを作っている間中、いつも私は、パウロの言葉の中の教えを思い出しています。
「われにあらず、我内なるキリストなり」。


注)フィボナッチ(1770〜1250)イタリアの数学者、ヨーロッパに十進法を広めた。



ラブライズブリーディング

Amaranthus caudatus/Amaranthaceae Family


 この印象的なアマランサス(葉ゲイトウ:ヒユ属)種はピグウィード・アマランサス・レトロフレキサスというちょっと攻撃的な、いとこにあたる植物の仲間です。この逞しい水気の多い幹と多産の種子は庭をダイナミックな印象に飾る植物をつくります。成長したものは幾千もの小さなマジェンダ色の集合花をつけ、長くて、ゆったりぶら下がってゆれる尾状花序をもっているのが特徴です。花はちょうど馬車などの飾りの房みたいにてっぺんから垂れていて、それぞれの小花からこぼれ落るように2〜3本のおしべがはみだして密集しています。花穂のひとつ一つの小さな花を見れば、とるに足りないものに思えますが、地球にむかって螺旋を描きながらまるで滝が落ち込む様に紅色がほとばしるさまはみごとです。
  ラブライズブリーディングの全体的なジェスチャーは下向きで、それぞれの花は地球を抱きかかえるようなかたちをしています。植物の色もマジェンタ系の紅色で、種、雄しべさらにはその植物全部までも受精させてしまいそうな感情あふれる色をしています。
  じっさい、この植物と関連のある種、ホピ・ダイ・アマランス(アマランサス・クレンタス)はネイティブアメリカンの人たちがその強い浸透性のある色を使っていました。 
  アマランサス・カウダタスの「血を流す」という表現は、フラワーエッセンスとしての資質に関連があります。このエッセンスは、肉体と精神に非常な痛みを体験している人たちにはパワフルな鎮痛剤又は香油として効果があることが証明されています。魂が限界点いっぱいまで達するとき、その魂は霊的な気づきの次元に入ることができます。
  ラブライズブリーディングは、ゆだねきるというジェスチャーで、私たちに降伏という霊的なヒーリングパワーを思い出させてくれます。バッチ博士が、スイートチェスナットのことを記述しているなかで、人が「霊魂の暗闇」に出会ったときに完全にゆだねてしまうことを強調していました。ラブライズブリーディングは時として死の扉に近づく程の、精神と肉体を貫くようなより深い苦しみや痛みに処方されます。これは、ゲッセマネの庭でキリストが捧げた祈りがあらわしているように、多くの霊的な伝統の中に見られるひとつのテーマを語っています。「我が意志にあらず、汝のなせるなり」。すべてをゆだねきってしまうというプロセスを許せば、魂は、より高次の意志が働く現実を体験できるのです。 
  夏が終わりをつげるころ、二つの植物が同時に全盛期を迎える時期がくるのですが、私はこの二つの植物に深く思いをはせながら、その完璧な交友関係のあり方を見て、感動をおぼえました。植物が、それぞれ好意的なやり方で相手の植物をサポートするというメッセージを感知することができるのです。サンフラワーとラブライズブリーディングはゆだねきることの女性面と男性面のイメージを私たちに与えます。サンフラワーのように、あざやかに正直なエゴの構造を進化させる必要があるのです。しかし、私たちは謙遜と無私の心で、こうべを垂れることを、霊的な強さという果実を他者に与えることを学びとらなくてはなりません。いっぽう、ラブライズブリーディングは、その曲線の美しさと優雅な姿に、女性がゆだねきる姿そのものをまさに見せてくれています。苦しみを受け入れ、そこに霊的な昇華の道を見出すために自己をゆだねきるとき、真の霊的自己に対する大いなる気づきと強さが魂深くに錨を下ろすのです。


*資料提供:Flower Essence Society